「カラスが鳴かない日があっても、彼が古書展に顔をださない日はなかった」。恩師・小田切秀雄に「博捜の福田」と呼ばれた書誌学者、福田久賀男。神田の古書会館に通い詰め、見つけた資料を若い研究者に惜しみなく手渡した人の記録です。(『本の街』2026年5月号・新連載「古書街に集った愛書家たち」第一回)

知る人ぞ知る――福田久賀男さん
法政大学での恩師と仰いだ文芸評論家の小田切秀雄氏に「博捜の福田」と言はれるほど、福田久賀男さんの日本近代文学の文献資料に関する造詣は、他の追従を許さないものがあった。そのための彼の古書展通いは、カラスが鳴かない日があっても、彼が古書展に顔をださない日はなかった。彼自身も「炎暑の夏も、極寒の冬も、雨が降ろうが、風が吹こうが、この日ばかりは早く起きて、絶対欠かせないのが、神田古書会館で開催される毎週金曜、土曜の古書展通いである」と言い「二、三度行かなかったら、あいつは遂に死んでしまったかといって、古書展通いの仲間達は笑うだろう」(『本の窓』一九九五・八)と言う。それに戦時中の古書蒐集は「防空帽に鉄兜、編上靴にゲートルという物々しい恰好で、腹を減らしながら、それでも古本屋を探してあちこち歩いたものであった」(「一期一会―集書三〇年」『日本古書通信』一九七二・四)という出立の古書漁り、その執念たるやすさまじい。
戦後は、いつも背広にネクタイ姿で神田の東京古書会館にやって来た。一渉り見てから、会館の隣の喫茶店「世界」で珈琲を飲む。そこに古本仲間が集まってくる。福田さんが文献、資料の蘊蓄を傾けるその座を、古本爆買いの高橋新太郎さんが「福田サロン」と命名した。
「福田ボランティア」――度を越した無私の協力
ところで、その福田さんには福田久賀男伝説というのがある。彼が古書展などで探し出した珍しい資料を若い研究者に惜しみげもなく提供して、その文献資料の重要さを熱弁するのであった。都留文科大学教授で日本文学専攻の関口安義氏が、福田の研究者への度を越した無私の協力を「福田ボランティア」と呼んだことがあった。文献探索で福田の世話になった研究者は枚挙にいとまがない。かくいうわたくしもその一人であり、『評伝豊島与志雄』をはじめとする評伝シリーズや『芥川龍之介研究資料集成』全十巻、別巻一の仕事は、「福田の書誌面での協力抜きには成り立たないものであった」(「知る人ぞ知る書誌学者」『週刊読書人』一九九九・五)と語っている。
多大の学恩を受け、旧幕臣の素性意識を共にする福田さんとは二〇余年近い付き合いであった。在野精神が旺盛な彼は、世に忘れられた論客、田中王堂・生田長江・野村隈畔、杉森孝次郎、佐藤緑葉などを語ったりしたが、生前に著書は残さなかった。そして、狩野亨吉、大塚保治、深田康算、関与三郎などの碩学は著書を持たなかった、その驥尾に付したいと言っていた。といっても、『廣津和郎初期文芸評論』(講談社・一九六五年刊)『阿部知二全集』(河出書房新社・一九七四年刊)、『千葉亀雄著作集』(ゆまに書房・一九九一年刊)などの解題、編輯の仕事を残している。
遺著『探書五十年』

没後、私が編集代表となって、福田さんの本を刊行した。小田切秀雄氏の懇ろな一文「序に代えて―五〇年にわたるつきあい」が巻頭を飾る『探書五十年』(不二出版・一九九九年刊)と題した一冊である。この本が刊行された時、文芸評論家の木村久邇典氏が「大正期の思想、文芸評論に関する文献研究で、”知る人ぞ知る”と評された故福田久賀男(三月八日歿)の遺著『探書五十年』は、書物を愛する者にとって近来の甘露である」(「戦後いまだ終わらず」『東京新聞』一九九九・五)と評した。また、樽見博さんが「文献探索家の死」(『古本ずき』私家版・二〇〇四年刊)で、福田さんは「週のうち半ば以上は神保町や早稲田の古本街を歩き、週末の古書会館の即売会は皆勤であった。高額なものを買うわけではないが資料を探し出す眼力は端で見ていても迫力があった」と回顧して「懐かしい人」と故人を偲んでいる。
(茅原健・ノンフィクション作家/『本の街』2026年5月号「古書街に集った愛書家たち」第一回)
福田久賀男(1924〜1999)東京に生まれる。法政大学文学部卒。日本福祉大学非常勤講師。大正文学はもとより、大衆文学についても博引傍証の蘊蓄を傾けている。彼が私淑した安成貞雄については、その宿志を継承した安成貞雄文芸評論集編集委員会によって『安成貞雄―その人と仕事』(不二出版)が刊行されている。
▶第二回はこちら:古書目録は「タテではなくヨコに読む」――高橋新太郎さん
茅原健(かやはら・けん)
ノンフィクション作家。近代日本の出版・思想史を主題に執筆。『本の街』で「古書街に集った愛書家たち」を連載中。
この記事は、神田・御茶ノ水・神保町の地域交流サロン誌『本の街』2026年5月号(Vol.13)に掲載されたものです。ほかの記事もあわせて、PDFで全文をお読みいただけます。
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