千点の古書から「抜き」だけを頼りに――一誠堂の新入りが通った古書市場、そしておでん屋「えーわん」へ【神保町と私 第12回】

千点の古書から「抜き」だけを頼りに――一誠堂の新入りが通った古書市場、そしておでん屋「えーわん」へ

千数百点が並ぶ古書市場で、「抜き」に書かれた書名だけを頼りに落札品を探す——昭和五十年代、一誠堂書店に入ったばかりの新人が覚えた仕事。けやき書店・佐古田亮介さんが、閉店後に先輩に連れて行かれたおでん屋「えーわん」までを綴ります。(『本の街』2026年5月号「神保町と私」第十二回)

おでん屋「えーわん」
おでん屋「えーわん」(写真提供=「武蔵野書院主」前田智彦氏。「えーわん」ご主人の甥御さん)

「抜き」だけを頼りに、千点の中から探す

市場の入札会の一つ、水曜日の東京資料会に行って入札をして来るのは店長の北原さん。落札品を引き取りに行くのが私なのだが、入札には一緒に行っていない私は、北原さんがどんな本に入札したのかを全く知らない。抜きに書いてある書名を頼りに市場の中を探し回るのだが、入店して間もないため、本に関する知識はほとんど無きに等しく、書名だけではどんな本なのかがさっぱり分からない。当時(昭和五十年代)の古書会館は、今の8階建てになる前の4階建てで、1階と2階が入札会場として使われていた。おそらく千数百点もの商品が並べられているのだ。1冊で出品されているものや、ひとくくり十数冊が2本3本合わせて1点となっているものもある。抜きには一つの書名しか書かれていない。複数の場合には「○○ほか5冊」とか「××ほか3本」となる。

初めて市場に本の引き取りに行った時には、抜きに書いてある、そうした書き方の意味すら解らず困惑した。人に聞いたりしてようやく意味を飲み込み探すのだが、入札には来ていないので、落札した本が市場のどこに置かれて居たのかわからない。1階なのか2階なのかもわからない。抜きに書いてある書名だけが頼りな訳で、その本を知らなければ端から1点1点確認してゆくほかになかったため、えらく時間がかかる。北原さんもその辺は判っているらしく、店に戻るまでに一時間以上かかっても文句を言われたことはなかった。

市場の様子が解ってくる

何回も引き取りに通っているうちに、だんだんと市場の様子が理解出来てくる。東京資料会はその名のごとく、資料物を中心に扱う市会で、法律経済、宗教歴史、考古学、科学数学などの学術専門書や雑誌、報告書類を主としている。ほとんどが一般書店には並ぶことのないものなので、高卒で一誠堂書店に入った私には、見たことも聞いたこともないものばかりであった。

東京資料会には、そうしたものが全国から集まって来るのだ。会としては、荷物を出品してくれる同業者も、入札に来る同業者もどちらもお客様なので、品物は見やすいように、見つけやすいように、会場に陳列しなければならない。なるだけジャンルごとに並べてゆくのが腕の見せ所となる。値段が高くなるとわかっているものや、高くなりそうだと思われるものは、最終台といって一番最後に開札される台に並べるようにするのだ。そうした市会のやり方が解ってくると、落札品を探すのも断然早くなって来る。北原さんが買うものは、一誠堂書店が扱うものに限られるので、扱っていない、法律経済や理工関係を並べている台を探す必要は無くなる。それだけでも随分と手間がはぶける。落札品を持って店に戻って来るのも早くなるので、北原さんも、おっ、こいつもだいぶわかって来たな。といった顔をする様になった。一人前になって来たな。と認められたわけである。

そして「えーわん」へ

そうして仕事を覚えて来ると、閉店後にお誘いがかかるようになって来る。北原さんに「えーわん」に連れて行ってもらったのも、たぶんそんな事からだろうと思う。こちらにすれば、誘われればごちそうに預かれるわけだから、一々深くは考えずにホイホイついて行けばよいだけである。騒がしい居酒屋とは違った、小料理屋風に暖簾が掛かり、看板に「やきとり おでん」と書かれた、こじんま――(つづく)

(佐古田亮介・けやき書店/『本の街』2026年5月号「神保町と私」第十二回)

佐古田亮介(さこた・りょうすけ)
けやき書店。高校卒業後、神保町の老舗古書店・一誠堂書店に入店。『本の街』で「神保町と私」を連載中。

▶続きはこちら:おでん屋「えーわん」(三)「やきとり二人前」で出てきたのは


この記事は、神田・御茶ノ水・神保町の地域交流サロン誌『本の街』2026年5月号(Vol.13)に掲載されたものです。続きは次号に掲載。ほかの記事もあわせて、PDFで全文をお読みいただけます。

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この記事を書いた人

神田・御茶ノ水・神保町の地域交流サロン誌『本の街』編集部。1980年創刊。毎月10日発行、加盟店を中心に60か所以上で無料配布しています。

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